まったく政治経験のない人間を、アメリカの国民が大統領に選んだっていうのは凄いことだけど、すこし考えるとそんなに驚きはないかもしれない。それは逆説的だけれど彼が政治家でなくてビジネスマンだったからだ。いまや政治家のキャンペーンを広告代理店が請け負うことは当たり前だから、クライアントとして代理店を使い慣れたビジネスマンが戦略的にプロモーションを進めてマーケットシェアを獲得した=大統領選に勝利した、と考えれば理解できないこともない。
彼は大統領になるという目的を達成するために有権者をクールにセグメントに分け、アメリカのマスである白人労働者階級にターゲットを定めた。そして彼らが喜ぶような刺激的な短いワードでウケを狙った。このやりかたはテレビで一発芸を披露するお笑い芸人の売り込み方と良く似ている。
「アメリカを再び偉大にする」というスローガンは、「日本を取り戻す」といって民主党から政権を奪い返した日本の安倍首相とも似ている。勢いだけはいいけれどそれで何を言いたいのかはまったく伝わってこない。そこに政治的な理想とか主義主張は感じられないどころか、その瞬間だけ盛り上がるパンチラインがあって瞬間の株価さえあがれば、むしろそんなものは必要ない。彼の主張からは低所得者層を救いたいというような社会的なメッセージは感じられない。ただ、彼らにウケればいいだけだ。アメリカ第一主義という内向きの主張はEUから離脱したイギリスとも重なる。これが自国の利益だけを死守したい資本主義的先進国のトレンドだから、このへんも世界的な消費者動向を的確に掴んだビジネスマンらしい戦略だ。
メディアに出る時にはイメージ戦略として代理店はスタイリストを雇う。強い主張をする時は赤いネクタイとか、冷静なイメージを作りたい時はネイビーのスーツに青いネクタイとか。その上でトランプにあの田舎のおっさんみたいな髪型や格好をさせていたのは、完全に南部や工業地帯の普通のおっちゃんたちをターゲットにしたからだとすると凄まじい戦略だと思う。トランプ自身は裕福な北部の出身なのに、狙い通りトランプを支持したのはかつての南北戦争で負け組に回って以降アメリカで虐げられてきた南部を中心とする白人層(当時の北軍側の東や西の沿岸部の州ではヒラリーが勝っている)だった。通ってしまえばそれでいいので、これからはあんなに過激な物言いは控えてエスタブリッシュメントにも一目置かれるるようにしていくだろうし、それに合わせてファッションスタイルも少しずつ変えてくるだろう。
あともうしばらくするとアメリカは有色人種の人口が白色人種を上回るといわれている。セレブ頼みだったヒラリーの戦略的な敗北(大統領選に出るまではトランプのほうがセレブ的だった)ということもあるけれど、この結果はマイノリティに転落しつつある白人層と、制度疲労をおこしてゆるやかに終わりに向かっているアメリカ資本主義の最後の断末魔だ。今回はただ端的にそこにうまくプロモーションした方が勝った。アメリカの政治に突然表れたゴジラは金髪でおかしな髪型をしていた。そしてマーケティングが世界一の超大国の大統領を作り出してしまった。その結果がこの世界にどういう影響を与えるのかはまだわからない。